9月の一日一話

 9月22日

「とらわれない心」

 神経系統の生活機能は、

心が積極的でないと完全には働かないんだよ。

つまり、心の態度が積極的ならば、

神経系統も積極的になるが、

心の態度が消極的ならば

神経系統の生活機能も消極的

になったちゃう。

 非常に心が落ち着いて、

何のとらわれもない時には、

かなり難しいことでも平気でやっていけますよ。

ところが、心に落ち着きがないと、

やさしいことでも難しくなっちまうんだ。

 

9月23日

「生命力の使用量」

 人々がその人生に生きるために使っている力は、

実際の生命力の全体量からいうと、

何%かにすぎない。

 大抵の人は、自分の生命の力の全力を使って

活きているかのように思っている。

そして自分は、これだけ努力しているのにも

関わらず、一向に良い運命も来ず、

健康も完全にならない。

健康や運命は、人間の力ではどうすることも

できないものだと決めてしまい、

人間の力を、低く弱く評価することになるのである。

 

9月24日

「宿命統制に必要なこと」

 良い運命の主人公として活きたかったら、

何をおいてもまず、心を積極的にすることに

注意深くし、終始自分の心を監督して

いかなければならない。

 そしてまた、宿命統制にもう一つ必要な

ことがある。それは常に、心の中に感謝と歓喜の

感情を持たせるよう心掛けることである。

習慣として、何でもいいから、

感謝と喜びで人生を考えるよう習慣づけよう。

この心掛けが、宿命統制にすこぶる効果があり、

さほど困難ではないと悟れることと思う。

 

9月25日

「観念の型」

 人間の心に何かの観念が出ると、

その観念の型のとおりに宇宙根本から

微妙な力が働き出し、その観念の型が良ければ

良いように、悪ければ悪いように

― わかりやすく言えばー

思い方や考え方が積極的であれば、

積極的なものができ、

消極的なら消極的なものができる。

そういうように心理ができている。

人間の境遇だとか、その人の現在に同情する

ということではないのである。

峻厳おかすべからずである。

 

9月26日

「本来の生命は完全を望む」

 すべての完成を本当に心から喜ぶ気持ちが

誰にでもあって、これを壊して、今度は

こういうものを作ろうとするような

代償のある破壊なら嫌いはしないけれども、

代償のない破壊は喜ばない。

 手に持った茶碗をちょいと落っことして

壊しちゃったとしても、急いで拾い上げて

つなぎ合わせようとするだろ。

不完全な姿になって、なんとなく惜しい

気持ちがするからなんだよ。

 こうした些細な事柄から考えてみても、

人の生命の本来は完全を望むっていう

ことが証拠立てられる。

 

9月27日

「本当の満足とは」

 心の本当の満足というのは、常に

できるだけ自分の言葉や行いで、

よろしいか、

他人を喜ばせることを目的とする。

ところが、それを何か他人の犠牲になる、

そんな生活のように考える人も

ありゃしないかい。

 とにかく、他人の喜ぶような言葉や行いを、

人生の楽しみとするという尊い気分になって

生きてごらん、今日から。

 

9月28日

「『サクセス』の意味」

 『サクセス(Success)』という言葉は、

直訳すると「成功」ね。しかし、この言葉の

もとは「サクシーディング(Succeeding)」

という意味なんだ、英語でね。

サクシーディングというのは、

「受け継いで、続けて生み出しますよ」

という言葉なんだ。

継承して胚胎するという意味なんだ。

つまり、絶えざる創造への活動がもたらす

自然結果を「成功」と言うんだよ。

絶えざる創造の活動。

 同じやっていることでも創造的進化が

年頭におかれていれば、その人は

限りなく尽きざる幸福感を味わい得るんだ。

 

9月29日

「不要残留心」

 ヨーガ哲学の教義の中にもこういうのがある、

「人の心の中には、檻の中に入れられた猛獣

がいる。そしてその檻の中の手入れを怠ると、

しばしばその猛獣が檻を抜け出してきて

心の花園を荒らしまわる」と。

 この言葉の要するに本能心意の中に

人間を苦しめるような、しかも断然人生に

活きるのに必要としない心意が存在して

いるから、その心意のみだりに発動せぬよう

常に注意深くそれを自分から監督せざる

べからずということを戒めたものといえる。

 

9月30日

「人生の根本理想の四条件」

 人生の根本理想は、これを帰納的に言えば、

「長さ」と「強さ」と「広さ」と「深さ」

という四つの条件が、現実に充たされて

いる姿である。

 万一、この四つの条件が一つでも欠けて

いるならば、人生はおよそ無意義なものと

なり終わる。

 

出典:「中村天風一日一話」 財団法人天風会〔編〕